Welcome to my blog

「社会復帰大失敗」・・・のはなし

Category - メンタル
やっと在宅の仕事が終わりました。
自分の処理能力にもよりますが、時給にしたら外で働いた場合の何分の一かなのですが、外で働いてもらうお給料は、「人間関係の煩わしさを味わう料」「通勤の億劫さ料」がほとんどだと、私の場合思っていますので、これが妥当な時給だと思っています。
けれども、家で仕事をしていると、家事との時間の分け方が難しいですね。ひとりだとそうでもないのでしょうが。

今日は、うつになってからの私の就活の話をしたいと思います(前置き、長!)

うつになって退職してからの半年間くらいは、ダンナはおろか、両親とも友人とも接触したくなく、ただひたすらに自室にこもって寝ていました。飲み始めた抗うつ剤や、抗不安薬の副作用もあったのでしょうが、ひたすら眠くて仕方なかったのです。けれどもそれまで、ろくに睡眠もとれない状態だったし、起きていると泣いたり、放心状態だったりするので眠れたことは救いでした。
そうして半年くらい経って、やや薬が効き始めたのか、自分を客観的に見られるようになってきました。
そうすると、襲ってくるのは猛烈な不安感でした。

「私は何をやってるんだろう」
「もう一生このままなのか」
「もう働くことはできないのか」
「生活はどうなる?」


ダンナにも不安な心を打ち明けることもできず、やがてそれは自己嫌悪と罪悪感へと姿を変えて私を苦しめ始めました。
それで、あんなに不安定な状態だったのに、焦って就活を始めたのです。
心療内科の主治医に相談したら、「まだまだ無理。そんなに焦らないで。今は就職情報誌を見るくらいにしたら?」と言われたのですが、焦る気持ちが治まりません。
「今あなたに一番必要なのは休養だよ。何も考えずにゆっくりしなさい。」
そう言われても、元々が何かしら動いていないと落ち着かない性分のため(だからこうなっちゃったんですけどね)、「休み方」が判らないのです。ゆっくりするって、どういうことなのか判らない…。
集中力がないのでテレビも読書もできない。寝てばかり。
早く、元居た「社会の中の自分の場所」に収まらないと、大変なことが起きてしまう…そんな気持ちが込み上げて、パニック状態になっていました。
その頃は、焦る気持ちの方が、外出が嫌だとか人と話すのが嫌だとか、そういう気持ちに勝ってしまっていたようでした。
自分の状態をよく鑑みもせず、緊張で震える身体を薬で抑え込み、手当たり次第に面接を受け始めたのです。

さすがに自分でも、もうフルタイムは無理だと思っていたので、狙っていたのは週に3、4日勤務の事務。
それも、できるだけ休憩時間を挟まない短時間で。

けれどもこの条件って、一番競争率が高いのです。
特に、子供を預けて働く若いお母さんに取られてしまう。
私の年齢では、特別な資格でもない限り無理なのです。
電話口でいきなり生年月日を聞かれ、「もう募集は締め切りました」と言われたり、面接に行き、合否の連絡さえもくれなかったりするところもありました。
運よく面接まで行っても、採用されることはなく、何社落ち続けたか判りません。
自分でも思い出すと恐ろしいのですが、よくもまあ、あの状態で働こうと就活できたもんだなあ。
精神的に落ち着かず、追い詰められるばかりで、きっと挙動不審だったと思います。
…あんな状態では、万が一採用されても、満足に仕事なんかできなかっただろうに。

とにかく、タッチタイピングの速度が落ちないように毎日練習をし、Excel、Word、PowerPointなども忘れないように勉強をし、新しいバージョンにもすぐに対応できるようにしていました。
ハロワにも何度も相談に行きました。もちろん「クローズ」で働くつもりでした。

ただ、不安に思ったことがありました。

「うまく、話せない」

電話でも面接でも、話そうとすることをうまく頭の中で整理して言葉にすることができず、沈黙が続いてしまったり、焦って頓珍漢な受け答えをしたり、以前のように、すらすらと言葉が出てこないのです。
どうしたんだろうと焦りました。
今思えばこれもうつの症状の一つなのですが、頭の中が真っ白になってしまって動きが止まってしまうのです。

そうこうするうちに、自分はもう使い物にならないんじゃないか、働くことは無理なんじゃないかという落ち込みに再び襲われるようになり、また酷いうつ状態に戻ってしまいました。
その後、1年くらいは全く就活できなくなってしまいました。
急性期の酷い状態に戻ってしまった感じです。
焦って始めた就活は、却って自分の劣等感を刺激し、追い詰めるだけに終わりました。
ダンナもこの頃になると、「焦ったってしょうがない。働きたいならゆっくり探せばいいよ。」と言葉をくれたのですが、申し訳ない気持ちで一杯でした。

ダンナの稼いできてくれたお金で、私は料理も家事もろくにできずに寝てばかり。
消費するだけの毎日。
外へ出ても、みんな働いてる。
かつては私だってあっちの世界にいたのに。
私は何をしているんだろう。
ダンナの寄生虫。


これは今でも心の中に貼りついたままの心情です。
きっと、社会復帰できて働けるようになり、新しい生活のペースに馴染んだら、その時が私にとっての「寛解」なのだと勝手に思っています。

それからは、在宅で仕事をする傍ら、調子が良い時は就職情報誌を読んで、良さそうなところがあったら応募してみて落ちる、という感じでした。
この頃になると、自分の脳がうまく機能しないことをちゃんと痛感し始めていました。

とにかく、集中力が続かない。記憶力が格段に落ちている。
物事を順序立てて考えられない。
特に顕著なのが「料理」で、何をどうやって始めたらいいのか、次は何をしたらいいのかわからず、キッチンでパニック状態に陥って立ちすくんでしまうのです。
働いていた頃は、とにかく「時短」がモットーで、同時に三つくらいのことを毎日やってのけていたのに。

年が明けて、久々に短大時代の友人達とランチをしました。
皆には、自分の事情を話してあるので、わざわざ私の家に近い駅まで遠くから集まってくれたのです。
私はそこで、打ちのめされました。
同級生なので、皆同じ年齢なのですが。

ずっと同じ会社に勤め続け、ある程度の立場まで昇りつめている子。
フリーでイラストレーターの仕事をしていたけれど、仕事が減ってきて仕方なく派遣で(技術職)働き始めた子。
ダンナさんがろくに働かないので、早くから「これではダメだ」と見切りをつけて職業訓練学校に行き、パソコンを学んで就職して離婚し、子供を育てている子。

みんな、みんな頑張ってる。
なのに私は何をしてるんだろうと再び焦燥感で頭の中が一杯になりました。

そんな時、一つの求人が目に留まったのです。
郵便物の封入作業で、日にちも時間も自分の思うように決められます。
勤務地も電車で二駅。
──単純作業の方が、私にもできるかもしれない。
そう思って応募してみたのですが、なんとテストがあり、暗算とかある程度封入の速度(?)を試されたのは驚きでした。
けれども無事、合格したのです。
私はこうして、やっと社会復帰できる…と不安ながらも少し安堵する気持ちがありました。

ところが、これがまたも逆効果になるとは…。

長くなるので続きます。



りくとカイを一緒に遊ばせていた頃。
カイに後ろから迫るりく(ダンダンダンダン…♪←ジョーズのテーマ)

chimo.jpg






★ポチッとしてくださると飛び上がって喜びますm(__)m★






0 Comments

Post a comment